二村知子のwiki風プロフィール!シンクロ時代の実績も紹介

テレビ番組

9月1日の「セブンルール」では、降祥館書店の店主である二村知子さんが出演されました。

二村知子さんは、現在の書店の店主ですが、その前はシンクロナイズドスイミングの日本代表選手でした。

 

シンクロは、華やかさから水上のマーメイドと言われますよね。

そして、かなりのハードスポーツのようです。

 

そのシンクロを行っていた二村知子さんは、シンクロナイズドスイミング選手の頃の実績はどうだったのでしょうか?

今回の記事では、降祥館書店の店主をしている二村知子さんがシンクロナイズドスイミング選手だったころに振り返り、どんな実績を残しているのかについて紹介していきます。

二村知子の現在は降祥館書店の店主!

まずは、現在の仕事について紹介します。

現在の二村知子さんは、大阪市中央区谷町に店舗を構える降祥館書店の店主です。

 

1949年に二村知子さんの父親(二村善明さん)が開業しました。

その後、父親が亡くなったことで後を継いでいます。その時期が1995年と今から5年前のことです。

店舗の面積は13坪で、こじんまりとした大きさになっていますが、売り上げは大型書店やAmazonを超えるときがあるというほどの勢いが有ります。

 

これには、開業をした父親が、「本は、薬にも毒にもなるから売ればいいだけではない」という教えが今も引き継がれているようです。

実際に二村知子さんは、書店に来てくれた人1,500名以上の好みを記憶しているほどです。

そして、その人に合った本をオススメして喜んでもらえることが何より嬉しいようです。

 

自分の好みを知ってくれていることも嬉しいですしい、オススメされた本が良い本で有ればより嬉しいですよね。

これは、押し売り感は全く感じないでしょうし、プレゼントをもらったときの喜びを味わっているかのようになると思います。

二村知子はシンクロナイズドスイミングの日本代表選手だった!

次は、二村知子さんがシンクロナイズドスイミングの選手だったころについて紹介します。

 

二村知子さんは、13歳のときに井村雅代さんの門下となりました。

井村雅代さんと言えば、日本・中国・イギリスの指導者となり、スパルタ指導では有りながらも、アメとムチの使い方が上手く日本のシンクロ会の母とも呼ばれたほどです。

 

そんなスパルタ指導を13歳のときから受け、一時期はシンクロを行うことの恐怖がつのってしまったようです。

実際に髪の毛は白髪交じりとなったり、睡眠中には水中で息が苦しくなり演技中に水上に上がってしまうというような夢を見てうなされたことも有ったようです。

そんなことを繰り返してきたことで悩みがつのり、悩んだ末に辞めようと井村コーチに申し出たときは、「あんたの限界は私が決める」とあっさり却下されたというエピソードも有るようです。

 

ただ、このようにして続けてきたことで、二村知子さんは日本代表選手になることが出来ました。

1977年に全日本選手権シンクロ大会チーム競技1位・環太平洋パンパシフィック大会連続世界3位という実績を残しています。

 

その後引退してからも、シンクロのコーチをしたりとシンクロにかかわってはいました。

コーチとしての実績は残されていませんので、大々的にというわけではなく地域のスポーツクラブとかのコーチをしていたのだと思います。

そして現在は、書店の店主として店内でなにかしらのイベントを行ったりしながら、街の本屋でも大型書店に負けないように盛り上げています。

二村知子のwiki風プロフィール

最後に、二村知子さんのプロフィールを紹介していきます。

  • 名前:二村 知子(ふたむら ともこ)
  • 出身地:大阪市中央区(当時は南区)谷町
  • 生まれた年:1960年

名前は「知子(ともこ)」さんですが、「和子(かずこ)」さんと間違われやすいようです。

 

二村知子さんは、両親と弟・妹の5人家族で育ちました。

二村知子さんは、書店の切り盛りだけではなく他にも活動をしています。

  • 2011年からは、『作家と読者の集い』
  • 2016年からは、『ママと赤ちゃんのための集い場』

 

ママと赤ちゃんのための集い場は、毎月開かれています。

子育てをしていく中で、相談したいことが出ると思うのでママ同士で繋がることができる場所が有ることはとても嬉しいことですよね。

まとめ

今回は、二村知子(降祥館書店の店主)さんのシンクロ時代の実績について紹介してきました。

13歳のときに井村雅代さんから指導を受けるようになったものの、練習のつらさから辞めることも考えました。

しかし辞めることを受け入れられなかったことで続けるしかない状況になったのですが、このことで良い結果を経験することとなります。

 

それが、日本代表選手となり、世界大会でのメダル獲得です。

井村雅代さんの指導には厳しいながらも優しさが有るので、二村知子さんは青春時代の10代はとても価値の有る貴重な経験をされたのですね。

二村知子さんが今もより一層輝き、降祥館書店を切り盛り出来るのはこうした経験が有ったからこそなのかもしれません。

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