はじめに:米菓が世界に挑む時代へ
日本の食文化の象徴である「お米」が、今、世界へと大きな一歩を踏み出そうとしています。かつては和食の一部として家庭の食卓を支えてきたお米や米菓子が、近年では「グローバルフード」としてのポジションを獲得し始めているのです。
その象徴ともいえるのが、米菓業界最大手・亀田製菓の挑戦です。国内で長年愛され続けてきた「柿の種」や米スナックを武器に、人口約14億人を抱える巨大市場・インドへの進出を試みています。
また、2025年3月放送のテレビ東京『ガイアの夜明け』では、こうした日本の米文化が直面する「令和のコメ騒動」と、そこから生まれた“海外市場開拓”の新たな動きに密着。番組で特集されたのが、まさにこの亀田製菓のインド市場での奮闘です。
番組内では、「インド人CEO」が率いる日本企業の革新的戦略や、海外での需要の壁と挑戦の数々が描かれ、多くの視聴者の関心を集めました。
本記事では、亀田製菓の海外戦略とその背景、失敗と再挑戦、そして今後の可能性について、番組情報とともに詳しく解説していきます。

亀田製菓の米菓
亀田製菓とは?世界に広がる“柿の種”ブランド
亀田製菓株式会社は、新潟県に本社を構える日本有数の米菓メーカーです。創業は1946年。日本人にとって馴染み深い「柿の種」や「ハッピーターン」など、多くの人気商品を手がけてきました。
その代名詞ともいえる「柿の種」は、ピーナッツとの絶妙なバランスやクセになる辛さで、幅広い世代から長年支持を受けてきたロングセラー商品。現在では国内シェア約30%を占め、名実ともに米菓業界のリーディングカンパニーとなっています。
しかし、近年の人口減少や“コメ離れ”といった国内消費の縮小傾向に直面し、亀田製菓は早くから海外市場への進出に力を入れてきました。アメリカ、タイ、中国などをはじめとした海外拠点で現地法人を設立し、ローカライズされた商品展開を進めてきたのです。
その中でも注目を集めているのが、「KAMEDA」ブランドとしてのグローバル展開です。現地の嗜好や食文化に合わせてスパイスの効いた味付けやヘルシー志向の商品を開発し、アジア圏や欧米の健康志向な消費者層からも支持を獲得しつつあります。
米菓を「日本の伝統的なスナック」から「世界のヘルシースナック」へと再定義しようとするその姿勢は、他の食品メーカーにとっても大きな刺激となっています。
そんな亀田製菓が挑む「インド市場」への進出の背景と狙いについて、さらに掘り下げていきます。
インド進出の背景と狙い
亀田製菓が米菓の海外展開の中でも特に注力しているのが、人口約14億人を擁する巨大市場・インドです。このインド市場進出の背後には、2つの明確な理由があります。
成長市場としてのインド
まず1つは、経済成長と人口増加によって拡大し続けるインドの食品市場です。中間所得層の増加に伴い、健康志向や高品質なスナックへの需要が高まっており、「日本発の米菓」はそのニーズにマッチするポテンシャルを秘めています。
特に亀田製菓の看板商品である「柿の種」は、油を使わずに焼き上げたヘルシーなスナックであることから、インドの健康志向層や富裕層に対して強い訴求力を持つと判断されました。
インド人CEO・ジュネジャ氏の存在
もう1つ大きな理由は、2021年に就任したインド出身のジュネジャCEOの存在です。外資系企業などでの豊富な国際経験を持つ彼は、自国の市場や食文化に精通しており、インド市場を“勝ち筋のある戦略的拠点”と見据えました。
彼のリーダーシップのもと、亀田製菓は「日本の米菓=高級でユニークなスナック」としてブランディングを強化。最初は富裕層をターゲットにした高価格帯の「柿の種」などを展開しましたが、インド国内のニーズとのミスマッチから苦戦を強いられることになります。
その経験を経て、現地の市場環境に合わせた「手に取りやすい価格の米菓」を新たに開発。ローカル生産・販売体制の構築を進めながら、より広い層に向けた“第二の挑戦”に舵を切ったのです。
次章では、この戦略転換の背景と、どのような商品や施策でリベンジを狙っているのかに迫っていきます。

高級米菓戦略の失敗と再挑戦
インド市場で米菓のパイオニアとなるべく進出した亀田製菓は、当初、日本国内で長年親しまれている看板商品「柿の種」などの“高級米菓”を武器に展開を開始しました。しかしその第一戦略は、予想外の苦戦を強いられる結果となりました。
「柿の種」はインド市場で“高すぎた”
インドは人口約14億人を擁する巨大市場ですが、消費者の大多数は価格に非常に敏感です。そんな中で、亀田製菓が日本品質のまま輸出した高級米菓は、現地のスナック菓子と比較して価格が2倍以上になることもあり、「高級品すぎて手が出ない」と消費者の反応は鈍いものでした。
また、スパイス文化が根付いたインドでは、「醤油味」「わさび味」など日本独自の風味が受け入れられにくく、「味が薄い」「刺激が足りない」といった評価も。味覚の壁も高級米菓の普及を妨げる要因となりました。
原点回帰と“現地仕様”の新戦略
そのような背景から、亀田製菓は一旦路線を見直し、現地向けにカスタマイズした“ローカル対応型”の米菓に戦略を転換します。鍵となったのは、新潟県内で地域限定販売されていた低価格帯の米菓商品の存在。これをインド向けにリパッケージ・リブランディングし、現地の嗜好に合わせたフレーバー(例:マサラ味、チリ味など)を新たに開発。価格も現地基準に寄せ、庶民にも手が届く「おやつ」として再挑戦を開始しました。
「普段使い」できる米菓を目指す
再挑戦の鍵となるのは、「高級ではなく日常のスナック」としてのポジショニングです。単に輸出するのではなく、現地の原材料や包装ラインを活用した“現地生産・現地販売”によってコストダウンを図り、価格競争力を確保しています。
さらに、販路も見直されました。かつては一部の高級スーパーや輸入食品店に絞られていた販売チャネルを、コンビニや地元の小売店、さらにはオンラインモールへと拡大。露出を高めることで「見つけてもらえる」環境づくりにも注力しています。
ジュネジャCEOのリーダーシップと国際戦略
インド市場への本格展開において、亀田製菓の国際戦略を牽引するのが、現CEOのラジーヴ・ジュネジャ氏です。インド出身でグローバルビジネスに精通した彼の存在は、同社の海外展開において極めて重要なキーパーソンとなっています。
グローバル市場を知る経営者としての強み
ジュネジャCEOはP&G(プロクター・アンド・ギャンブル)やネスレといったグローバル企業でのキャリアを積み、消費財ビジネスにおけるマーケティングや戦略構築に精通。特にアジア市場の消費者行動に詳しく、「現地目線でのローカライズ」が強みです。
彼の就任後、亀田製菓は“日本品質のまま売る”という一方通行な発想から脱却。現地の食文化や価格帯に合わせた柔軟な商品開発と、販路戦略へと大きく舵を切りました。
文化の違いを“壁”ではなく“武器”に変える
ジュネジャ氏は、「文化の違いは障壁ではなく、ビジネスチャンス」だと語ります。実際、彼の指揮のもと、インドでの再挑戦では次のようなアプローチが導入されました。
- 味付けのローカライズ:日本独特の味ではなく、マサラ味・チリ味など現地になじみのあるフレーバーを採用。
- 小分けパッケージ:シェア文化や持ち歩きを意識し、少量で購入しやすい包装スタイルに。
- 現地語パッケージ:ヒンディー語やタミル語など、現地言語での表記に対応し、親近感を演出。
このように、国境を越えて“食”の架け橋となるべく、ジュネジャCEOは「グローバルであってローカル」というGlocal(グローカル)戦略を重視しています。
“柿の種”だけに頼らない多角化ビジョン
また、ジュネジャ氏は「柿の種」に頼らないブランド戦略も進めています。現地で人気の米菓子のトレンドを調査し、より汎用性の高い“新しい主力商品”の開発にも着手。将来的には、米スナックをインドの家庭にとっての“定番おやつ”に育てる構想を描いています。
亀田製菓はもはや「日本のおせんべい屋」ではありません。ジュネジャCEOのリーダーシップによって、アジア・中東・欧米へと拡がる真の“グローバルスナックブランド”へと進化を遂げようとしています。
インドのスナック市場におけるチャンスと課題
亀田製菓が進出を目指すインドのスナック市場は、世界的に見ても注目度が高い巨大マーケットです。しかし、そのポテンシャルの裏側には、日本企業にとって特有の課題も存在します。ここでは、インド市場が持つ可能性と、乗り越えるべき壁について整理してみましょう。

約14億人の人口と若年層の厚さがもたらす市場規模
インドは現在、世界第1位の人口を有しており、全体の半数以上が25歳以下という若い国です。このことは、食文化が柔軟に変化しやすく、新しい食習慣を受け入れる下地があることを意味します。スナック菓子市場も年々拡大を続けており、2025年には4兆円規模に達するとの予測も出ています。
特に都市部では中間層が増加しており、「ヘルシーで品質の良いスナック」へのニーズが高まりつつあります。ここに、**“米を使った軽い食感のヘルシースナック”**という亀田製菓の製品がフィットする可能性は十分にあります。
現地競合との激しい価格競争
一方で、最大の課題のひとつが価格競争です。インドの消費者は、コストパフォーマンスに非常に敏感。現地のローカルスナックは1袋10〜20ルピー(約15〜30円)という低価格帯で広く流通しています。
これに対し、日本から輸出される製品や品質重視のブランドはどうしても高価格になりがちです。以前、亀田製菓が高級米菓「柿の種」を投入した際、価格の壁に阻まれて消費者に受け入れられなかったのもその一因でした。
今後は、現地生産やサプライチェーンの見直しにより、コストダウンを図るとともに、「価格以上の価値」をどう伝えるかがカギとなります。
味覚と文化の“壁”
さらに、味の好みや食習慣の違いも無視できません。インドは地域によって好まれるスパイスや辛さの度合いが大きく異なるため、全国展開を目指すには複数のフレーバーを揃える必要があります。
また、ベジタリアン志向や宗教上の制約も強いため、原材料の選定やパッケージの明記にも細心の注意が必要です。
ブランディングと認知の難しさ
最後に、「米菓」というジャンル自体がインドではまだ馴染みの薄いものである点も見逃せません。チップスやクルトン、ナムキンといったスナックが主流の中で、“米を使ったスナック”という新しいカテゴリーをどう浸透させるかが、マーケティング上の重要なポイントとなります。
ここでは、ジュネジャCEOのような現地感覚を持つ経営者の存在が、大きなアドバンテージになります。ターゲットに寄り添ったブランディングと現地語での訴求が、認知拡大には不可欠です。
現地適応のカギ:味・価格・文化の融合
インドという多様で大きな市場で、日本発の米菓が根付くには、現地のニーズに合わせた柔軟な適応が必要不可欠です。亀田製菓は、インドでの本格展開にあたり、「味」「価格」「文化」の3要素のローカライズに取り組んでいます。

現地の味覚に合わせたフレーバー展開
インドでは、スパイスを効かせた強い味が人気です。そのため、柿の種の醤油味だけでは通用しづらく、カレー味やマサラ味など、インドで親しまれている風味への対応が進められています。また、宗教や文化に配慮したベジタリアン対応やハラール表記なども重要な要素となります。
手に届く価格帯への調整
インドでは価格の感度が高く、プレミアム路線では市場拡大が難しいという課題がありました。そこで、より安価な米菓を投入し、20〜30ルピー程度の低価格帯に設定する戦略へと舵を切っています。これにより、中間層や若者層への浸透を狙っています。
スナック文化との融合
インドでは、家族や友人とシェアするスナック文化が根付いており、シェアしやすい大袋パッケージや、チャイに合うフレーバーの提案も求められます。パッケージデザインや表記についても、親しみやすくわかりやすいローカル言語での対応がカギとなります。

このように、現地の味覚・価格感覚・文化に合わせた「地に足のついたローカライズ」が、亀田製菓のインド展開成功のカギとなりそうです。
今後の展望とグローバル展開の可能性
亀田製菓は、インド市場への挑戦を通じて、単なる米菓メーカーから“グローバルスナックブランド”への進化を目指しています。ジュネジャCEOのリーダーシップのもとで、今後どのような展開が期待されるのでしょうか。
インドを足がかりにアジア・アフリカ市場へ
インドは人口14億人の巨大市場であると同時に、周辺諸国への輸出拠点としてのポテンシャルも秘めています。インドでの商品開発やマーケティングの成功事例は、そのまま東南アジア、中東、さらにはアフリカ市場への展開モデルとして活用される可能性があります。
日本の米文化を世界へ広げる使命
亀田製菓は、単なる商品輸出にとどまらず、日本の米文化そのものを広める役割も担っています。グルテンフリーやヴィーガン志向の高まりを受けて、“健康的なスナック”としての米菓の再定義も進められており、欧米市場でも新たなチャンスが生まれつつあります。
ジュネジャCEOの次なる一手に注目
ジュネジャCEOは、「現地に根差すグローバル戦略」を重視しており、今後も各国に合わせた味・価格・販路の最適化が進められるとみられます。今後は、地域ごとの合弁事業やM&Aを通じて、よりダイナミックな海外展開も加速する可能性があります。

亀田製菓の取り組みは、単なる海外進出ではなく、長年培ってきた日本の米菓技術と文化を、世界の食卓に届ける“文化輸出”の挑戦です。その動向に、今後も注目が集まりそうです。
まとめ:インド進出から見る亀田製菓の挑戦と未来
老舗米菓メーカー・亀田製菓が挑む、世界最大級の人口を誇るインド市場。その背景には、「日本の米文化を世界へ広める」という大きなビジョンと、現地出身のジュネジャCEOのグローバルな視点があります。
当初の高級米菓戦略は思うように浸透せず、価格や味の調整が必要な“壁”にも直面しました。しかし、そこから学びを得て、新潟限定のローカル商品を武器に再挑戦する姿勢には、老舗企業の柔軟性と進化の意志が感じられます。
インドのスナック市場は巨大でありながらも競争が激しく、文化的・価格的な最適化が求められます。それでも亀田製菓は、現地に根ざした商品開発と販売戦略を進めることで、確かな手応えを得つつあります。
ジュネジャCEOのもとで、米菓というニッチなカテゴリーを世界へと押し広げるチャレンジは、日本企業の海外展開における“新しいロールモデル”になるかもしれません。今後も亀田製菓の動向から目が離せません。